四国Eighty 8 QueenやJTマーヴェラスなど注目チーム盛りだくさん!
女子バレーボールデータベース

四国Eighty 8 Queen

四国Eighty 8 Queen(しこくエイティエイツクイーン)は、NPO法人J-HOTバレーボール連盟が運営していた、女子バレーボールの社会人クラブチーム。愛称は「エイティエイツ」。現在、V・チャレンジリーグに所属する仙台ベルフィーユの前身となったチームである。

2005年、元全日本監督の米田一典が中心となりチーム結成。前身チームをもたない全く新しいチームであった。ホームタウンは香川県高松市。チーム名の「Eighty 8 Queen」のEighty 8(八十八)には四国八十八ヶ所、8には∞(無限の可能性)、四国の高速道路網のカタチをオーバーラップさせており、Queenにはバレーボール界の女王に…という願いが込められている。

親会社を持たないクラブチームであるため、選手は香川県内の複数の協賛企業で社員として働きながら、チームの活動に参加していた。地域密着型クラブとして、バレーボール教室やボランティアなどの社会活動も行っていた。

2010/2011シーズン終了後に仙台市に移転し、仙台ベルフィーユと名を変えて活動している。

歴史

チーム発足まで

2003年9月、元全日本監督の米田一典が中心となり、「J-HOTバレーボール連盟」を設立。発起人には元全日本の三屋裕子や中田久美なども名を連ねている。連盟は会員や児童・生徒などへの技術指導等を通じてのバレーボール普及を行いつつ、将来、特定の母体企業に頼らない地域密着型クラブチーム設立とプレミアリーグ参戦を目指す。チームが発足した暁には地域の企業、連盟の会員等が強力なバックアップサポーターとなる仕組みである。その後2004年9月17日にVリーグチーム開設準備室を設置し、新クラブチーム発足へ向けて本格的に始動。10月30日にチーム名の「四国Eighty 8 Queen」とマスコットキャラクターの「ティサ(TISA)ちゃん」を発表。11月23日に四電体育館で初のトライアウトを実施し、2005年4月に元Vリーガーを含むトライアウト合格者等でチームを結成した。監督は米田が務める。

地域リーグ

2005年7月、チーム結成後初の公式戦・全日本実業団選手権に挑み、ベスト8に進出してシード2位のトヨタに善戦した。この大会でのエイティエイツの戦いぶりが評価され、8月30日に開催された地域リーグ実行委員会でエイティエイツの地域リーグ昇格が正式に決定した。

2006年、実業団地域リーグに初参戦。一次リーグでは4勝1敗の首位でプレーオフ進出を決めるも、チャレンジリーグ入れ替え戦につながるプレーオフでは1勝2敗の4位に終わり、最速でのチャレンジリーグ昇格はならなかった。2007年、参戦2年目の実業団地域リーグでは一次リーグは2年連続で1位通過。昨シーズンはつまづいたプレーオフも3戦全勝で1位となり、地域リーグ初優勝を果たした。チャレンジリーグ入れ替え戦は栗山米菓(現、Befcoビービースターズ)と対戦し、2連勝でチャレンジリーグ昇格を決めた。四国からのチャレンジリーグ昇格は健祥会レッドハーツに次いで2チーム目。5月に高松中央商店街で昇格記念パレードを行った。

チャレンジリーグ

チャレンジリーグに初参戦した2007/08シーズンは開幕からいきなり6連敗のスタートとなる。2008年2月9日、7戦目のKUROBEアクアフェアリーズ戦でチャレンジリーグ初勝利をあげたが、その後も苦戦し、8チーム中6位だった。

2008年10月より翌年5月まで選手育成を目的とした取り組みにより、プレミアリーグ・デンソー・エアリービーズより2選手 (井上奈々朱、高橋菜穂子)がレンタル移籍。2008/09シーズンは前年より大幅に勝ち星を増やし、10チーム中、5位に入った。

2009年11月12日、アメリカ大学選手権で活躍した中国籍の王亜辰の入団が決定。チーム初の外国人選手である。しかし、2009/10シーズンでは前年度シーズンから勝ち星を減らし、12チーム中10位に沈んだ。

チャレンジリーグ2010/11シーズン開幕前の2010年12月、当チームメンバーを主体に他チームの若手選手を加えた編成で、日本代表として東アジア地区バレーボール女子選手権大会に出場し、銅メダルを獲得した。2010/11シーズンでは、チャレンジリーグ昇格後初めての開幕3連勝を飾る好スタートをきった。しかしその後は伸び悩み徐々に順位を下げた。3月11日に東日本大震災が発生。この影響で残りのリーグ戦は打ち切りとなり、12チーム中7位でシーズンを終えた。

移転

2011年6月、不況の影響によりスポンサーが集まらず運営資金が不足し、選手の雇用先の確保のメドが立たなくなったため、活動を休止した。その後、チーム存続のため本拠地の移転を模索した結果、トップリーグのチームが無い仙台市の関係者が受け入れる意向を示し、選手の雇用先など企業の支援を受けられる見込みとなった。7月25日のVリーグ機構理事会において、本拠地の仙台市移転が正式決定、併せてチーム名を仙台ベルフィーユに変更することも決定した。

成績
チャレンジリーグ(実業団リーグ/V1リーグ)
  • 優勝なし
  • 準優勝なし
黒鷲旗全日本選手権
  • 優勝なし
  • 準優勝なし

監督:米田一典

米田 一典(よねだ かずのり、1950年6月24日 - 2012年2月26日)は、日本のバレーボール元選手・指導者。元全日本女子バレーボールチーム監督、チャレンジリーグ・仙台ベルフィーユ監督を歴任。広島県広島市安佐南区出身。

崇徳高校3年生時の1968年高校総体で、セッター・主将として中大附属高校を降し優勝。同年国体では柳本晶一擁する大商大付属高校を降して優勝し、2冠を達成した。

1973年、法政大学在学中に日立女子バレーボール部にコーチとして就任。1975年、監督に昇格し日立を常勝チームに育て上げた。

1974年には全日本女子チームコーチに就任、山田重雄監督の片腕として活躍し、1976年モントリオールオリンピック、1977年W杯の金メダル獲得に貢献した。

1984年ロサンゼルスオリンピックでは全日本女子監督に就任して、江上由美、三屋裕子らを擁して銅メダルを獲得。1990年、再び全日本女子監督に就任、この時の米田が事実上のプロ代表監督第1号といわれる。

1992年バルセロナオリンピックでは5位の成績を残した。全日本女子監督として通算204勝108敗は、小島孝治232勝154敗に次ぐ歴代2位の記録である。

当時の主力・大林素子らとの確執があって全日本監督を退いた後、再び日立監督として活躍したが、2001年5月、日立製作所本社の合理化の一環として日立ベルフィーユ廃部。チーム全体移籍の受け皿企業を確保しようと奔走したが、折からの景気低迷で全体移籍は適わなかった。

一企業丸抱え型のチーム運営に限界を感じた米田は、2003年9月に香川県高松市で地域密着型スポーツ振興を目指してNPO法人J-HOTバレーボール連盟を設立し、理事長に就任。香川県内でバレーボール技術指導活動をしながら新クラブチーム発足の準備を進めた。2005年4月に女子バレーボールのクラブチーム四国Eighty 8 Queenを発足させ、監督に就任。2007年、実業団地域リーグで優勝し、入替戦で勝利してチャレンジリーグ昇格を果たした。

2011年、四国Eighty 8 Queenは資金不足で活動休止となったため、本拠地を仙台に移転し、仙台ベルフィーユを立ち上げた。チーム名は米田がかつて指導した日立ベルフィーユの名にあやかったもので、強豪の復活と東日本大震災からの復興の願いをこめた名称であった。しかし同年秋、疾病により監督を退き、治療に専念。

2012年2月26日、肺癌のため死去。61歳没。

米田が亡くなったのがリーグ戦の時期であった為、葬儀は近親者などごく近い関係者のみで執り行われ、シーズンオフに入った5月8日に仙台市内のホテルにて、260人が参列して米田のお別れの会が催された。

法政大学在学時からコーチになった為、実業団に於いて選手の経験がないバレーボール指導者であったが、ブロック指導に実績があった。

仙台ベルフィーユ

仙台ベルフィーユ(せんだいベルフィーユ)は、宮城県仙台市に拠点を置き、日本バレーボールリーグ機構(Vリーグ)に加盟する女子バレーボールチームである。2011年度はV・チャレンジリーグに所属。

2011年(平成23年)6月に運営資金不足で活動を休止した四国Eighty 8 Queenが、香川県高松市から仙台市への本拠地移転およびチーム名を変更する形で、同年7月に仙台ベルフィーユとして活動を再開した。運営母体は非営利活動法人エイティーエイツバレーボールクラブ、運営会社は株式会社トゥエルヴ。前身から引き継ぐ形で2011-12シーズンよりチャレンジリーグに参加する。

ベルフィーユ(Belle Fille)は英語のbell(鈴)とフランス語のbelle fille(美しい乙女)の造語で、トゥエルヴ社長、当チーム監督(当時)の米田一典がかつて指導していた日立ベルフィーユの名にあやかり、強豪の復活と東日本大震災からの復興の願いをこめた名称である。

四国Eighty 8 Queenと同様に地域密着を掲げ、複数のスポンサー企業から資金を募り、選手の雇用を確保してもらう運営形態である。専用体育館はもたず、富谷スポーツセンター(宮城県黒川郡富谷町)を練習場としている。

2011年12月10日に2011-12シーズンのVチャレンジリーグ開幕戦(対PFUブルーキャッツ)が、宮城県の多賀城市総合体育館で行われた。

2012年2月14日、運営協力および地域密着活動の推進を目的に、地元自治体や報道機関、関連団体などにより「仙台ベルフィーユ協議会」が設立された。

選手

2012年10月版

背番号 名前 シャツネーム 国籍 P 備考
2 雨堤みなみ AMADUTUMI 日本 WS
3 芳賀小梨絵 HAGA 日本 S
4 櫻井樹里 JURI 日本 WS
6 王亜辰 Ya Chen 中国 WS
7 木村沙織 SAORI 日本 R
8 中野清香 NAKANO 日本 WS 主将
9 大宮里美 SATOMI 日本 WS
10 上村麻衣 UEMURA 日本 MB
11 渡邊彩 AYA 日本 WS
13 大内世莉香 OUCHI 日本 L
14 渡邉愛以 WATANABE 日本 OP
15 佐々木香織 SASAKI 日本 S

スタッフ

2012年8月版

役職 名前 国籍 備考
ゼネラルマネージャー 米田隼人 日本
部長 太田清隆 日本  
総監督兼副部長 佐々木繁雄 日本
監督 諸隈英人 日本  
事務局 高橋宗和 日本
トレーナー 佐々木秀将 日本
ドクター 白木原憲明 日本

注目チーム

バレーボール用品購入

試合を見に行こう!